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新潟市の食文化創造都市推進プロジェクトに認定されました。

私が復活を目指しております新潟市の食用菊の伝統野菜「りゅうのひげ」の復活プロジェクトが新潟市の食文化創造都市推進プロジェクトとして認定されました。
食文化創造都市推進プロジェクト→http://www.niigata-shokubunka.com/project/project28shokubunka/

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りゅうのひげとは新潟市の西蒲区、福井地域で昔から栽培されてきた黄色い花の菊です。
その昔、三根山藩のお殿様が菊ご飯として好んで食べていたそうです。殿様が好んだ素材ということですのが、私が探し始めた時には既に2株しかなく、首かかりの状態で絶滅寸前の状態でした。
今、一度この殿様が好んだ素材を復活させるべく、3年前より賛同頂いた農家に栽培をお願いしてきました。ようやく品種の特性、ある程度の栽培量が見込んできたので本年度より一般販売できる見通しとなりました。
りゅうのひげは超晩生の食用菊となるために11月後半の販売となります。



現在は販売パッケージのデザインの最終詰めの段階に入ってきております。殿様が好んだというストーリー性のある伝統野菜を上手く伝えたいとこです。

りゅうのひげの今年度のイベントは以下の2つを予定しております。

11/27(日) 三根山祭り(予定)にて殿様が好んだ菊ご飯の販売
12/13(火) 農家レストランやさいのへや→http://yasainoheya.jimdo.com/

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伝統野菜を復活させて地域ブランドに

現在、新潟市西蒲区で食用花の伝統野菜「りゅうのひげ」復活プロジェクトを進めております。

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りゅうのひげとは三根山藩のお殿様が好んだ黄色い食用菊。その昔、岩室福井地区で沢山生産され、花が黄色く細長い見た目から「りゅうのひげ」と呼ばれ地域の方々に親しまれていたそうです。
しかし、栽培が難しく、11月末の開花という晩生のりゅうのひげは他品種の台頭もあり、いつしか誰も作らなくなってしまいました。
この「りゅうのひげ」は岩室の方が栽培していたのを奇跡的に発見し、地元農家に増産して頂き、少量ながら復活の第一歩を歩みだした野菜です。

元々は年配の農家の方がお話していたお殿様の好んだ菊の話があり、殿様が好んだ食材なのに、誰も作っていないな?おかしいな?と探し始めたのが発端。
見つけた時には既に2株(私が確認している中で)絶滅寸前の品種だったから怖いもんだ。

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現在の畑の様子
くびかかりして、わずか2株となっていた最悪の状況からここまで増えました。




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農家の家で三根山藩のお殿様が好んだ菊ご飯を再現していただいた。とにかく菊の食感が強く、噛む前から風味が感じられる。
もともとは炊き上げたご飯に菊を合わせ、味噌汁につけてお椀として出していたらしい。




ストーリーがしっかりとしている素材で、食味も独特。地域のブランドとなるよう今年は増産、一般への販売、イベント、レシピ考案と進める予定。





一次産業プロデューサー 山岸拓真

りゅうのひげ

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『龍の髭』

以前から新潟市の西蒲区の直売所で出回る食用菊には黄色い品種が多いな…と不思議に思っていた。
西蒲区の、いわむろやで野菜を販売するお婆ちゃんに疑問を投げかけたところ、
三根山藩のちに峰岡藩の(現在の新潟市西蒲区峰岡)殿様が好んだ『菊ご飯』というものがあるらしい。
微量の酢で発色した後に、炊きたての白飯に混ぜ込むのだが新潟市でお馴染みの紫の食用菊ではなく黄色い食用菊を使うという。
当然、殿様が好んだ素材。近隣の方々は皆さん黄色い食用菊を栽培していた。

厳密に言うと、殿様が好んだ菊は『嵯峨ギク』という古典菊を代表する一種が原種のようで、一般に売られている黄色い食用菊とは違うものであり、この地区では龍の髭として親しまれてきたらしい。

さて、この殿様が好んだ『嵯峨ギク』由来の龍の髭。北前船でやってきたのは間違いないだろう。では、現在でも栽培されている?ということだが、現在確認済みなのは、たった一苗。
岩室温泉近辺を中心に40年ほど前には地元ではみんなが作っていた黄色い食用菊。 11月中旬以降の晩生のために雪降りまでの僅かな時期しか収穫できないために、自然と新しい品種に切り替わっていったそう。


文化的な価値を騒がないからでてこないだけで、こういった素材は意外と身近にあったりするものだ。

来年はこの“りゅうのひげ”を次世代に残すべく復活団体を組織化したいと思う。


一次産業プロデューサー 山岸拓真

新潟市の伝統野菜“寄居かぶ”

新潟市にも伝統野菜があるのを御存知ですか?
こちらは『寄居かぶ』



その名の通り、現在の寄居町周辺である寄居白山新田で300年近く前から栽培されていた野菜。実は新潟市の伝統野菜には関屋かぼちゃや、青山ネギなど、現在では住宅地となってしまった地名がついた野菜がございます。
300年も前のこと。現在の寄居、関屋、青山の海岸線沿は砂丘地が広がり、水はけのいい砂壌土が好まれ栽培されておりました。



しかし、都市化が進み、畑の現象とともに伝統野菜も衰退してしまいました。
残念ながら寄居かぶも、関屋かぼちゃも、寄居、関屋地区で代々種採りされ続けてこた直系の子孫ではなく、もっと昔の、関屋かぼちゃは会津早生南瓜という福島の品種を。また、恐らく寄居かぶは大阪の天王寺かぶの系統から再び取り寄せ販売されている種であると言われてる。





写真の通り形は扁平で根が太い。肉質は非常に緻密で実が締まっている。長時間煮込んでも煮崩れしにくく、中心部の風味はカブ本来の香りを強く感じさせる味だ。



数百年もその土地の風土に根付いた野菜。そんな野菜を再びその地の風土に馴染ませるには、多大な時間と労力を要する食文化もそう。伝統野菜はその土地の食文化そのものを含んでいる。伝統野菜が失われるということはその土地の食文化も失われてしまうということ。
長岡巾着なすは蒸かしなす、豊栄ヤキナスは焼きなす、十全なすは漬けなす…
このように、その土地ならではの食べ方、食文化が伝統野菜とともに継承されている。
しかし、寄居かぶの郷土料理は…?

寄居かぶの郷土料理は私が聞きまわった情報によると、寄居かぶの旬は春。雪を割ってでてくる葉っぱを摘みながら漬け菜として楽しんでいたという。この点は雪国特有で、天王寺かぶと野沢菜の関係に似ている。
(といっても、最近になってDNA鑑定で天王寺かぶ→野沢菜は否定されてしまったのだが…)
白雪こかぶ - evergreen ~畑に行く新潟の野菜ソムリエ〜



このようにその地に愛され次代に引き継がれてきた伝統野菜を失うということは、その土地の食文化を希薄化し、均質性の方向に向かう危険性を秘めている。

伝統野菜は単なる野菜ではない。文化財である。


1次産業プロデューサー 山岸拓真

刈羽節成きゅうり②

柏崎の伝統野菜の刈羽節成きゅうり。

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刈羽節成きゅうりは明治末に、柏崎市内橋場町で品種改良され、戦後しばらくまで国内はもとより、北米や中国に種が輸出され、地域経済を潤した。1968年に採種組合が解散し、市内では栽培されなくなったが、2008年に種苗会社に種が保存されていたことが分かり、西中通地区で栽培が復活した。しっかりとした外皮の硬さとブルーム、黒いイボが特徴。漬物には最適。現在、柏崎の伝統野菜を代表する野菜となっている。
刈羽節成きゅうり① - evergreen ~畑に行く新潟の野菜ソムリエ〜



刈羽節成きゅうりの生みの親、与口虎三郎氏。

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「刈羽節成胡瓜採種組合」設立の初代組合長である。橋場地区は古くから胡瓜の生産地だったが、その胡瓜の種を改良し、刈羽節成の名で全国に売り出したのが同組合。





橋場の大国玉神社に与口父子の功績を讃えて4Mを超える彰功碑が建っている。
当時は米の5倍ものの価格がつけられたという。農家はこぞって種を採り、その種取り用の胡瓜があれば一晩街で遊べたと伝えられている。
生産組合の中では品種を固定、維持するためにも一苗に種取り用の胡瓜は2つまでと言われていたが、農家はこぞって種を採り続けたという。




当時のエピソードを象徴するような写真。
いかに刈羽節成きゅうりの種が高価なものであったかがわかる。
これだけ地域に愛されてきた胡瓜であったが、先述のように時代の流れによって衰退し、一時は絶滅してしまった。

実は刈羽節成きゅうりの種に関するこんな話を種屋から聞いたことがある。



『刈羽節成きゅうりは種屋の保管庫の都合で処分候補であった。』



種の保存という名目で多くの在来種は種屋に保管されている。栽培自体が絶滅しても種は保管されているのである。
つまり、刈羽節成きゅうりのような在来種の絶滅というものがあるとしたら、それは種屋の倉庫整理という名目で極めて機会的に処分されることがある。現に新潟県でもそのように絶滅した在来種はある。
遠く昔の祖先から愛され、美味しいから、次代の方々に食べて欲しいからと種採りによって引き継がれてきた伝統野菜という文化財が私達の知らないとこで機会的に処分されているのである。

刈羽節成きゅうりは処分直前の前年に柏崎の伝統野菜として復活のプロジェクトが組まれ、ギリギリのとこで難を逃れた。つまり、あと1年遅かったら二度と食べることはできなかったのである。







現在、刈羽節成きゅうりこのような組織体制でプロジェクトが進められている。

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平成21年10月に加工所である「にしなか菜々彩工房」開業。
毎週木曜日に直売所開設し、加工業としては3トンの塩漬けした胡瓜を利用し、漬物出荷されている。
「刈羽節成」の栽培は、現在シルバー人材センターなどの団体も含め約40人、地元の小学校2校でも食育授業を主に給食などで取り扱われています。








にしなか菜々彩工房
ここで刈羽節成きゅうりは6種類の漬物になる。




また、取り組みの一つとして一口オーナー制度も募集している。現在では地元の方々を中心に150名ほどの加盟者がいるという。

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「菜々彩くらぶ」は、年会費(特別会員一口3,000円/一般会員一口1,000円)
会費は活動の維持費として栽培費などに使われ、お礼として刈羽節成きゅうりのお漬けものが送られます。
FAXまたは電話での申し込みとなっております。FAXでのお申し込みの方は、下記チラシをクリックし、印刷の上お申し込みください。


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PDFダウンロード



種に関するエピソードに非常に地域の文化を感じる伝統野菜である刈羽節成きゅうり。
先人たちが残した野菜という文化財の素晴らしさを皆さんもぜひ一緒に体験して頂きたい。






一次産業プロデューサー 山岸拓真

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