長岡野菜かぐら南蛮の本質的なものを理解し、伝えてますか?

長岡野菜かぐら南蛮を見に山古志に。



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かぐら南蛮という新潟の伝統野菜をご存知でしょうか?
長岡野菜の一つであり、旧山古志村で代々受け継がれてきた固定種の野菜。

もともとは江戸時代にアメリカからトマトソースの原料として伝来されてきたと言われてる。
実は似たような品種は長野県や、妙高の“オニゴショウ”とあり、先日群馬県の県境でも“かぐらからし”なんてものも実際に見た。

当然、江戸から伝わってきたのだろうが、何が面白いかというと、様々な土地を経て山古志に届いたのだが、平地も経てるはずなのに、山間部で好まれて栽培され、各地で伝統野菜となっているところ。
このあたりは何か厳しい冬を乗り切る食文化と密接なものがあるのだろう。




さらに、山古志ではかぐら南蛮はあるのにピーマンがない。
これだけF1種が席巻し、ありふれてる中で、山古志ではピーマンよりかぐら南蛮の方が先に知られてたいうのも面白い。















この日は、山古志のかぐら南蛮研究会の青木さんにお会いしてきました。




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今日は長岡のすずきちのオーナシェフ鈴木さんと一緒に。
鈴木さんは長岡出身。
長岡野菜を広める点で、若い子をターゲットにすることに重きをおく方。
食文化の継承という部分に持続性を強く意識されており、私はその部分に特に共感しております。







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こちらが山古志のかぐら南蛮。





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割るとこんな感じ。
本来かぐら南蛮というのは、この種と白いワタのみが辛く、外皮が全く辛味を感じないというのが一番の特徴だなのだが、実際に流通しているものは全てが辛かったり、辛味が全く無かったりするのが多い。
実際、恥ずかしながら私も、初めて教科書に書いてあるかぐら南蛮の表現がピッタリとくるかぐら南蛮を食べた気がする。
外皮が全く辛くなく、ピーマンとはまた違った風味は鮮烈だったなー。







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底。この底がとんがっていないのが山古志のかぐら南蛮の特徴らしい。
ちなみに、かぐら南蛮の由来は
“歌舞伎の神楽面に似ていることから”
とされるが、潰れてる外見全体ではなく、この底部分のクシャッとした箇所を言うらしい。
このあたりは本で読んでいただけでは得られない部分。









では、先程から、私は“山古志の”と強調してるのだが、山古志のものは何が違うのであろうか?






大きな違いは


栽培技術
気候
品種



この3つのよう。





まず、栽培技術に関して。

実際あまりいえないというのが本音。
ヒントは追肥のP(リン)とだけ言っておく。
どうやら、新潟の農家さんがつくるかぐら南蛮はピーマンのイメージで栽培し、P(リン)の使い方が違うらしい。






次に、気候。

寒暖の差が一番のようだ。
山古志の麓付近と比較しても昼夜の温度差が2℃も違うらしい。
また、湿気の違いも非常に感じた。長岡市内のようなジメッとした空気はなく、風通しが非常に良い。
湿度がどう影響するのかまでは農家さんも未知だったが、気温差は確実に影響するという。
青木さんの畑は標高350M位なのだが、標高800M付近の気温が低い長野県でつくられるかぐら南蛮の近縁種が、全く同じだったというのだから、やはり寒暖の差なのだろう。







そして、最後に問題の品種

実は現在流通しているかぐら南蛮は大きくわけて、魚沼系統と山古志系統の二種類ある。
さらに、もっと細かく言うと山古志系統でも7〜8種あるという。

その系統を整理し、山古志系統のかぐら南蛮の種として維持しようとして発足したのが青木さんのかぐら南蛮研究会だ。

ちなみに、大きな声では言えないが、残念なことに長岡市内で長岡野菜として売られてるかぐら南蛮は魚沼系統である。新潟市内でもそう。
実は、山古志のかぐら南蛮の種は山古志から門外不出なのである。
つまり、長岡野菜といっておきながら、流通しているかぐら南蛮の起源は殆ど、長岡山古志由来のものではないのである。



この品種による違いはとても大きい





私は魚沼系統の方が味が落ちるとか、不味いとか言っているわけではない。
ただ、起源の違う野菜の種を持込みブランド化しているという考え方そのものに問題があるように思う。




種に敬意を払えないで、文化的価値を伝える、訴える事ができずにこのような固定種は一般の方々に受け入れられるとはおもわないし、敬意を払えない方が広めることができるとは思えない。










今回、私が山古志の青木さんに伺ったのは、生産者から真実を聞きたかったのが一番の理由。









さて、畑に話を戻します。


山古志の斜面に広がる青木さんかぐら南蛮の畑。





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今年は水不足で、本来ならばこの状態を見せたくとのこと。
青木さんは水を汲んで来て、マルチの上にわらを敷き、乾燥対策されていた。








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苗の間隔は65cm。畝の間隔は1m40cm。
新潟大学との共同研究の結果、これがかぐら南蛮にとって一番良い間隔らしい。
こういう栽培技術の洗練もブランドを維持する上でかかせないもの。





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背丈も様々だが、これは恐らく固定種のバラつきがなす個性。








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こちらが種取り用のかぐら南蛮。
この種が自家採種され、今後もずっと、次代に引き継ぐ基となると思うと感慨深い。
青木さんの話では、固定度合いの高い苗を選抜し、その苗の1〜4番果は落とし、5番果から自家採種するのだという。




このように、かぐら南蛮本来の血を受け継いでいける品種を選抜する。







ちなみに、この種取り用はほんの一部。
メインとなる種取り場は企業秘密。

実は、ナス科のピーマンの近縁種は半径2kmで自然交雑してしまう。
青木さんも仰っていたが、一番気をつけていらっしゃることは魚沼系統のかぐら南蛮との自然交雑。



近縁種であるために交雑しやすく雑種。いわゆるF1種のような品種ができてしまう。
先程、山古志ではピーマンが栽培されていないと話したが、そのためである。

かぐら南蛮はその種を維持するためにも、かなり隔離されたとこで自家採種されてるらしい。


山古志でつくるかぐら南蛮に関しては、門外不出は勿論のこと、青木さんを中心としたかぐら南蛮研究会の品種と、もう一系統の品種の2品種に絞っていくらしい。





2012-08-29 16.10










様々な環境の変化に適応し、遺伝的変異をしようとし、形質が揺らぐ中で、
その野菜を次代に残すかどうか?
その野菜は自分達にとって有益をもたらすものかどうか?
それを判断する権利は農家さんだけにある。


私が固定種を自家採種されている農家さんに感銘を受けるのはその点です。










最近では、青木さんの、山古志のかぐら南蛮を指名買いする飲食店も増えたらしい。
これは大変嬉しい。
伝統野菜という安易なキャッチをウリにしてるだけでなく、飲食店は多数の一般消費者の発信源となりうることに責任を持ち、固定種という特性、本質的なものを理解し、伝えなければいけないと考える方もいるということ。
もちろん、鈴木さんもその一人。






野菜ソムリエもそこの部分を理解し、むしろ先頭に立って啓蒙し伝統野菜をアピールしなければ。
長岡野菜のような伝統野菜を調理して、レシピを紹介するだけならば誰だってできる。
そんな伝えるといことを抜きの薄っぺらいお食事会は何も生み出さない。







それはなにも伝統野菜だけではない。
素材そのものの本質的なものを理解し、伝えることが必要。











野菜ソムリエ 山岸拓真

1 Comments

な says...""
そんなに魚沼の南蛮が憎いなら
門外不出なんてケチ臭いこと言ってないで
山古志の南蛮を広める努力をしろよ
2016.12.30 14:50 | URL | #- [edit]

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