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イチゴ戦争の中で生まれた。

やさいの学校にて越後姫のセミナーをしてきました。



やさいの学校→野菜のレシピ×セミナー






越後姫は新潟の気候にあわせて、園芸研究センターが開発したもので1996年に品種登録されました。実はあの日本一の生産面積を誇る栃木県のとちおとめと同級生。
今回のやさいの学校では、その越後姫の味の秘密を風土だけでなくイチゴの歴史を振り返りながら。





これが日本のイチゴ栽培の簡略年表。

日本のイチゴ栽培の歴史は明治時代に福羽途人氏がフランスの品種をもとに『福羽イチゴ』を選抜。これが日本のイチゴ栽培の原点であり、現在でも殆どの品種がこの福羽イチゴの血を受け継いでおります。
しかし、当時この福羽イチゴは生産量が少なく、大衆化することはなく皇室御用達の皇室イチゴと言われておりました。
第二次世界大戦が終わると、米国よりダナー種のイチゴが輸入されます。
このイチゴは促成栽培が可能で、大衆化が進みました。当時ダナーイチゴはイチゴミルクのブームとともに一気に広まったのです。

その後、大衆化が進むと食味のいいイチゴの開発戦争が始まります。
昭和35年に兵庫県で開発された宝交イチゴは柔らかく、甘みが強い。
東のダナーと並び2強時代に。

その後、高度経済成長期に入ると、イチゴの増産時代に突入します。
中でも福岡県の久留米で開発された、はるのかの改良型『とよのか』は従来の2倍の収量を実現し、福岡県がついに栃木県に並ぶ時代に。

ここから栃木と福岡という東西のイチゴ戦争が本格化していきます。
栃木は『女峰』を開発。酸味があるから甘みを感じるという食味で勝負。さらに女峰はその質感故に長距離輸送、品質維持を可能にしました。
この時代には女峰が主の東日本では砂糖入りの牛乳に浸したり、潰したりして食べられました。

東の女峰、西のとよのか。新二強時代に突入します。
しかし、食味で勝るとよのかで福岡はついに栃木県を生産量で上回ります。

この『とよのか』の対抗として生まれたのが『とちおとめ』です。
とちおとめは女峰を極めた交配に『とよのか』をかけ合わせ、誕生しました。

そして、実はこの第二次イチゴ大戦争の真っ只中、とちおとめと同じ年に新潟の『越後姫』は品種登録されているのです。





これが越後姫の配合。
女峰にベルルージュという品種をかけ合わせ『516-996』を作り、これにとよのかを配合。
東の女峰と西のとよのかというイチゴ戦争のライバル同士の掛け合わせで越後姫は誕生しております。

越後姫の特徴の一つに栽培期間の長さがあります。イチゴが熟すのには一定温度以上の期間が約650時間でイチゴが完成するのですが、越後姫は新潟の冬場の少ない照度、平均気温を利用し、ゆっくりと完熟に向かうために、大粒で均糖度が13度の甘さをもったイチゴが生み出されます。
越後姫にはベルルージュという品種が掛け合わされておりますが、実は越後姫の配合のポイントはベルルージュなのかもしれません。ベルルージュは寒冷地に強い品種になります。
新潟県は栃木県や福岡県と比較すると遥かに冬場の日照時間、平均気温が違います。女峰×とよのかの配合だけでは新潟の気候に向く品種は作れなかったのかもしれません。この日照時間、平均気温の低いとこで完熟する特徴はベルルージュとの配合が生むものなのかもしれません。

しかし、そうは言っても越後姫の一番の長所である柔らかさや食感、甘み、そして何といっても粒の揃わないところは『とよのか』似です。
逆に、流通に向かない点も似てしまいましたが。。

つまり越後姫は品種的には東西の2大産地が生み出したイチゴ同士の夢の掛け合わせに、寒冷地に強い品種を少しだけ合わせ、新潟専用のイチゴを作り出すことに成功したのです。






ちなみにこちらが『とちおとめ』
栃木の至宝である女峰同士を掛け合わせております。
とちおとめは品種登録間もないころは栽培が一番難しいイチゴと言われていたそうです。しかし、そこから日本一の生産量を誇るまでになったのは県の力の入れ方が違います。いちご研究所なんてのもあったりします。






収獲直後の越後姫。
越後姫はその品種の特性故に流通に向かないのが難点。





現在ではこのような越後姫専用のケースが作られ、2Lサイズだと東京では一パック4000円以上で取引されるところもあるそうです。
セミナーでもお話しましたが、越後姫の本来の味を知るには大粒のイチゴでないと味わえません。
確かにスーパーでは100円ほど割高になりますが、小さい越後姫では本来の実力の50%も発揮できないと私は思います。




さて、実はこのイチゴ戦争。
当然ながら、品種の開発に傾向があります。


増産→食味→流通→大型


という流れになっております。
第二次世界大戦後は増産時代。その後、行き渡るようになると食味、特に甘みの戦い。甘みが終わると、酸味とのバランス。その後はそのイチゴが大消費地に供給できるように輸送に向く品種の開発が進み、現在では大型化の傾向が強くなってきております。福岡の『あまおう』もそうですし、栃木県は昨年末から『スカイベリー』というとちおとめの血を受け継ぐ大型のイチゴの出荷を開始しました。


そして今後は…


私は次は周年生産だと思います。
夏イチゴ戦争の勃発が第三次イチゴ戦争になると勝手に予測しております。
現在では日本の夏販売のイチゴの多くは米国産です。ここのマーケットでのイチゴ戦争が起きるのではないかと思っております。
もともとイチゴの植生の旬は夏。
数十年の時を経て本来の旬での戦いになるとは奇妙なものです。





一次産業プロデューサー 山岸拓真

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