長岡野菜 土垂

里芋品種『土垂』



晩生品種で名前の由来は葉の先端が長く伸び、地上に垂れ下がることか
らといわれている。
粘質でぬめりが強く,煮もの,なべものに向く。
新潟の郷土食『のっぺ』だけは土垂で料理して欲しい。

長岡野菜の一種として認定されているが、長岡にしかない野菜ではなく、北関東を中心に広く栽培されている。長岡野菜として認定されたのは郷土食『のっぺ』との素材との一体感だろう。




郷土食の継承は食の均質化に対する戦いだ。

モノの移動が容易になり、どこでも全国、いや世界のモノがクリック一つで手に入る便利な時代は素晴らしいといえる。否定する気はないし、私もAmazon大好き人間である。

実はそのモノの移動の容易さにこそ、食文化の損失の危険性がはらんでいる。
なぜなら、本来、素材と郷土食は一体のはずだからである。一個の素材が失われてしまうということは、その土地の食文化からはじまる地域文化そのものを失われてしまう危険性がある。

また、日本人が粘り気の食材を好むことは先人の方々が愛した証拠でありDNAに組み込まれているからと言われている。先人の方々が好んだのには勿論理由があり、ひょっとしたら何か身体の恒常性に関わる、とっても重要なことが失われる可能性もあるかもしれない。



新しい品種を取り入れるのは素晴らしいことだ。それによってもたらす利益も大きいだろうし、その利益が地域振興の力にもなる。


しかし、根幹となる郷土食そのものを崩してしまうのは違う。
理解した上で、新しい素材を受け入れるのと、そうでないのとでは全く違う。
新しい素材を受け入れながらも、断固として守らなければならない、譲れない、伝えなければならない素材もあるのである。




一次産業プロデューサー 山岸拓真

新潟やさい大学 〜夏の長岡野菜編〜

まちなかキャンパス長岡で全5回にわたって講師を努めた新潟やさい大学。



長岡野菜がテーマでした。
長岡の風土と文化をから長岡野菜の『文化財としての価値』と『優位性』を紐解く講座。






山古志かぐらなんばん
過去ブログ→長岡野菜。山古志かぐらなんばん - evergreen ~畑に行く新潟の野菜ソムリエ〜




長岡巾着なす
過去ブログ→長岡巾着なすの小林さん。 - evergreen ~畑に行く新潟の野菜ソムリエ〜







長岡野菜を風土と文化の見地から横断的に優位性を解説。
昨今、色々な野菜の講座がありますが、私のように風土と文化を絡めた野菜の講座は新しいと自負しております。






また、ただ単に一方的に話すだけでなく、毎回生徒の皆さんに長岡野菜の広め方についてワークショップを設けました。

長岡野菜に対する愛着の掘り起こし
→伝統野菜の長所、短所の理解
→価格との兼ね合いから、打破する方具体的な方法
→まとめとして一般消費者の意見陳情書の作成





当事者意識をいかに膨らませるか?がポイントでした。



講座を受けた生徒のアンケート一部

・長岡野菜に興味があったのでいろいろ情報、知識を教えて頂きとても良かったです。生産者の方 の野菜の作り方、こだわり等、楽しい話でした。土地、自然が作り出す、長岡野菜がますます気に なり、好きになりました!(40代女性)
・長岡野菜を再確認をする良い機会となった。(50代女性)
・小さい頃から食べてきた長岡野菜のことがくわしくわかってよかった。特にきんちゃくなすのことが とても貴重ななすだということで、これからも大事にしてもっといろいろな所で広めて(アピール)い きたいと思いました。(50代女性)
・身近にある野菜について勉強する機会は少ないので、非常に良かったと思います。野菜の特性 だけでなく、風土との関係性や由来など...伝統野菜に付随する事がたくさん聞けて大変勉強にな りました。(30代女性)




長岡という地元で長岡野菜と一緒に育ってきた長岡の方々に長岡野菜の講座をするというプレッシャーはかなりのものでしたが、満足度が高かったようで一安心。
新潟やさい大学を受講生の中から、長岡野菜を伝える方々が増えることを熱望しております。





セミナー、講演の依頼はこちら。>>メール
内容に関してはお気軽にお問い合わせ下さい。





一次産業プロデューサー 山岸拓真



新潟新発田のアスパラ

新発田のアスパラガス畑に見学に来ました。



新潟県一の出荷量を誇る畑は新発田市の道賀地区にあります。
道賀地区は飯豊連峰を望む加治川の流域にあります。この加治川流域の地域は、昭和41年、翌年42年と二年に渡り大水害が襲いました。二年連続加治川の堤防は決壊、田畑は一面泥の海と化し、多いところは700mmの平均降水量を越えていたといいます。過去幾度もの水害は肥沃な土をこの地域にもたらし、地下水脈が浅いこの道賀地域でアスパラガスは栽培されております。





新発田のアスパラガス。

ユリ科のアスパラガスは江戸時代にオランダ人によって長崎に伝わって来ました。当時はオランダウドやオランダキジカクシなどと呼ばれ、まだ食用ではなく観賞用として栽培されていました。食用とされたのは昭和30年代に入ってから。まだまだ栽培の歴史が浅い野菜であるが、古代ギリシャ、ローマ時代では薬草として重宝されました。『アスパラガス』という名称は『アスパラガス・オフィシナリス』(薬用になる)という言葉からきている。






アスパラガス部会長の阿部さん。
阿部さんが道賀地区でアスパラガスの栽培を始めたのは平成11年。現在では73aのアスパラガスの栽培面積を誇る。もともとの土壌と地下水脈の豊富さ、近さがアスパラ栽培に適していた。アスパラガスは秋に茎芽を刈り取り、地中で冬を過ごす。阿部さんもお話されていたが、この秋の刈り取りのタイミングと越冬の仕方で翌年のアスパラガスの収穫量が変わってくるという。

この道賀地区がある新潟県新発田地域は冬期間、多い時で1m超の積雪量となる。窒素分を含んだ雪と、休田期間、光のない積雪下での微生物の活性化などにより土壌は肥えていく。そして、春を迎え、この豊富な養分をタップリと得ながら新芽が出てくるわけだ。



勿論、豊富な地下水脈の恩寵も重要だ。このように阿部さんの畑は河川敷の直ぐ近く。水脈の浅さがわかる。水分が豊富なので収量も増える。ここが一番の優位性のようだ。





このように地下水を組み上げアスパラガス栽培に利用している。井戸水も以前は家庭用として使われていたようだが、現在では水質が変わってしまったという。水害対策工事の影響と阿部さんはお話されておりました。
また、堆肥は新発田市と連携して資源循環型農業に取り組み新発田市内の有機資源センターで市民や事業者からでる食品残渣や、畜産農家からでる畜糞を原料に堆肥をつくりアスパラガス栽培の品質向上に役立てている。
このように市が一体となってこのアスパラガス栽培を推進している。





こちらの鮮やかなアスパラガスはハウス栽培。アスパラガスはこのように草本が大きくなると黄白い花が咲く。花が咲き、実をつけ、落下する実になるのが雌である。アスパラガスは珍しい植物で、雌雄同体ではない。雄と雌があるのだが、実際は雌か雄かは実をつけるまでわからない。雄と雌で収穫量が全く違うという。雌の収穫量は雄の3割りと言われているので、現在販売されているF1種のアスパラガスは殆ど雄とのこと。






阿部さんのご自宅にお邪魔しました。家の前では白の藤が満開。








アスパラガス農家が作る農家料理。浅漬け。
細い、規格外のアスパラガスを軽く茹でてて塩もみしている。味が濃い。
私のイメージでは細いアスパラガスは水分が少なく、アスパラガスの味を堪能するにはイマイチだと思っていたが、逆に水分が少ない分、アスパラガスの濃さを感じる。皮も薄い。





生産者の阿部さんもお話されていたが、アスパラガス栽培を始めてまだ10年余り。アスパラガス栽培の技術は全国的にはまだまだという。今後は、品質向上は勿論のこと、収量を増やす、すなわち栽培期間をいかに長くするか?を課題に取り組むという。

雪と地下水脈という自然の恩寵をタップリと受け、春先に出てくる道賀のアスパラガス。そう思いながら食するとまたまたひと味違ってくる。



6/21日(金)に新発田駅前セキカワカナモノ店さんで、この新発田のアスパラガスを使った料理教室を開催します。
新発田でイベント - evergreen ~畑に行く新潟の野菜ソムリエ〜
お申込み、お問い合わせはセキカワカナモノ店(0254-22-3781)まで。




一次産業プロデューサー 山岸拓真


新潟の伝統野菜、長岡野菜

まちなかキャンパス長岡の出張講座で長岡市和島地区に行って来ました。





テーマはもちろん長岡野菜。






長岡市和島地区は新潟県の海岸線のほぼ中央に位置する地区であり、昔の三島郡和島村です。平成の大合併により、出雲崎町、与板町との「良寛町」誕生を図るが、結局断念。2006年1月1日「平成の大合併」にて長岡市に編入されました。









会場となった和島トゥー・ル・モンドは、築85年の木造校舎(旧島田小学校)をリノベーションした複合施設。
社会福祉法人長岡三古老人福祉会が就労継続支援A型の事業所として、レストランなどの事業を展開しています。













リノベーションされた施設でありながら、このライトの様に、もともとの校舎の雰囲気を想起させる作り。壁には小国和紙を取り入れたり、レストランでつかう箸には地元和島の竹を使った箸なども。
支配人のお話によると、一回校舎自体を持ち上げ、一から基礎工事をやり直したらしい。













講座では、今回は特に『優位性』『文化財』をキーワードにして全編ををお話しました。



優位性とは、その地域でしか穫れない野菜には理由があるということ。
それは、種であったり、気候によるものだったり、栽培技術であったり。
優位性を紐解くから、その地域の素晴らしさに気づくキッカケになる。


文化財とは伝統野菜を単なる野菜という食糧のみで捉えることなく文化的価値で評価するということ。
伝統野菜は過酷な環境下、栽培の難しさを乗り越え、地域に愛され時代に引き継がれてきた。その伝統野菜には郷土食を始めとした地域の食文化そのものを含んでいる。







長岡野菜の長岡巾着茄なす


長岡巾着なすは『ふかし茄子という』郷土料理とともに時代に引き継がれてきた。伝統野菜が失われると失われるということは、郷土料理も味気ないものになり、失われる可能性が高まる。
1個の野菜が失われるということは地域の食文化、さらにはアイデンティティをも失う危険性を秘めている。
伝統野菜の継承は文化の均質化に対する戦いだ。





そして、実はこの文化財である伝統野菜の種は、みなさんの全く知らないとこで絶滅している。




例えば、この柏崎の伝統野菜である刈羽節成きゅうり。
数年前に復活され、今も微力であるが生産されているの。
しかし、種屋の話では刈羽節成きゅうりは、様々な種を保持している保管庫の『整理』の対象であったらしく一年遅かったら完全に絶滅していたらしい。

絶滅は保管庫の『整理』という極めて機械的な作業によって今も失われ続けているのです。





私は伝統野菜の文化的価値の話をする時に必ず古民家の話をする。
『人が住まなくなった。古くなった。だから壊しましょう』
現在では古民家鑑定士という資格があるらしい。
古民家を固定資産税以外の文化的価値の側面から評価する。
先人たちに愛され、引き継がれてきた文化財を時代に引き継ぐためだ。










この会場となった築85年の木造校舎をリノベーションした和島の「トゥー・ル・モンド」も文化財だ。
『100年前も、100年たった今ものびのびと夢をうたえる場所』
支配人の話では毎日のように地元の方々が訪れ、同窓会の依頼も多いという。





伝統野菜も、その土地でしか育たない優位性を知り、文化財として地域の方々に愛され時代に引き継がれていかなければいけないし、その価値をしっかりと伝える人材も必要だ。

こういった講座やセミナーで少しでも多くその価値を伝える人材が増えることを望みます。







一次産業プロデューサー 山岸拓真


白雪こかぶ

やさいの学校vol4のテーマは白雪こかぶ






長岡野菜の一種である白雪こかぶ。
雪の舞う季節にハウスで栽培されることから、(株)長岡中央青果により「白雪こかぶ」と命名されました。

長岡野菜の発起人、長岡中央青果の鈴木会長が10年くらい前の12月15日。
富岡町の岩淵さんが”こかぶ”を出荷してこられました。
食べてみたら美味いということで増産をお願いしたのがキッカケ。生産者も増え、4年間の観察期間を得て長岡野菜の仲間に。






実はこの白雪こかぶ。品種は白鷹という品種であり、北日本の冬のハウス栽培のカブといえばこのカブを殆どの方が栽培しているらしい。







そう。言ってしまえば、どこにでもある品種であり、長岡以外でも作れてしまうのだが。。
こういった野菜を伝統野菜という括りにするのであれば、栽培方法の切磋、徹底、均質でブランドを守って頂きたい。
そうでなければ、ブランド野菜とはいえないと思う。








実はカブというのは大きく分けてアジア系とヨーロッパ系に別れる。
アジア系の品種は西日本に多く、東日本ではヨーロッパ系が多い。一節によると関ヶ原が天下分け目ならぬカブの品種の分け目という説もある。アジア系品種は、葉は立性で欠刻(切葉)は少なく、根は球形のものが多いようです。東日本に分布するヨーロッパ系品種は、葉は開張性で切れ葉は深く、耐寒性が強い品種が多い。

カブはアブラナ科野菜であるので自然交配もさかん。ヨーロッパ系が品種を維持したまま日本に入ってくるにはシベリア経由しか考えられない。ブログを書いていて思い出したが、『大きなかぶ』はロシア民謡。画を見るにアジア系の聖護院かぶのようだが、ロシア経由の品種はヨーロッパ系。ここは不思議だ。




カブは日本各地で在来種が多くあり、様々な品種に分化している。有名なところで言うと大阪の天王寺かぶと長野の野沢菜の話。長野県野沢温泉村の住職が京都を訪れた際、大阪市天王寺で栽培されている天王寺かぶの種子を持ち帰り、子孫が野沢菜となったとの言い伝えがある。




カブと野沢菜…?

と思われる方もいるかも知れないが、これが食文化による品種文化のいい例。

雪深い長野県ではカブとして食べるよりもカブの葉の方が重宝された。冬場の青菜不足に対応するために塩漬けし保存する。葉を好み、その葉が美味しく食べれる品種を農家は何代も選抜していった。結果として、野沢菜となったと言われている。
新潟にも在来種のカブである寄居カブという品種があるが、これも春先に間引き菜として食するのが本来の食べ方だそうだ。雪を割り、出てきたカブの葉を少しづつちぎり、食べていく。当然、収穫時期にバラつきがある在来種はこの食し方にピッタリだ。





しかし、この話にはオチがある。


DNA鑑定が可能になった現在。天王寺かぶと野沢菜の品種がそれぞれアジア系のDNAとヨーロッパ系のDNAを持つために否定されている。
科学の絶対的な力で文化的なロマンも否定されてしまうのはなんとも複雑。











月一回を予定しております、やさいの学校。


次回は1/24(木)
テーマは今のところ、アスパラ菜と菊芋を予定しております。

ご予約、お問い合わせはSUZUDELI(0258−94−4960)まで。








一次産業プロデューサー 山岸拓真

このカテゴリーに該当する記事はありません。